『日本再生までのハードルとは』
皆さんこんにちは。久しぶりに記事を書いてみようと思います。いくつか前の記事に、日本の政治が良くならない理由みたいな内容の記事を書いていたと思いますが、あの記事は、あくまでも現在の政党政治の側面から見た問題点という意味合いのものでした。
今回は、ではなぜそのような問題点が形成されていったのかという視点で、少しだけ視野を広げて書いていこうと思います。と言っても、ひとつひとつを掘り下げるのではなく、時系列に沿って簡単に項目だけを羅列することにしますので、お時間があるときにでも少しずつ調べてみてください。
①ポツダム宣言
②日本国憲法
③警察予備隊
④自衛隊
⑤日米地位協定
⑥GHQプレスコード
⑦日米合同委員会
⑧CFR(外交問題評議会)
⑨FRB(連邦制度準備理事会)
⑩ロッキード事件
⑪JAL123便墜落事故
⑫プラザ合意
⑬民主党石井紘基暗殺事件
⑭自民党中川一郎暗殺事件
⑮自民党中川昭一暗殺事件
⑯電源三法特別交付金
取り敢えずこの位にしておこうかと思います。特に⑤から⑦は非常に重要だと思っています。日本は終戦後、GHQの統治下にありましたが、日本の最大の要望は【国体の護持】でした。国体の護持とは、簡単に言えば、皇室の存続を何よりも優先するというものです。
天皇の人間宣言など多少の条件は付きましたが、日本側の条件はある程度受け入れられました。しかし、それと引き換えに様々な厳しい条件を受け入れてしまいました。
戦に破れ、日本中が焼け野が原になり、食料もない状態だったため、ある程度は仕方がなかったと思われます。
しかし、それから約80年間、その条件が継続されているという現実がある点に注目をする必要があると思うのです。
表面上は、自由で民主的な生活を営むことができています。言論にも自由があり、いつでも好きな場所に行けて、好きなものを食べ、好きなことをすることが可能です。
過去の記事でも書いていたと思いますが、日本は明治以降民主主義国家となりました。しかし、私はずっと【表面的民主主義】ではないかと感じて生きてきました。
たしかに、戦後80年、戦争もなく飢える事もなく、高度成長を達成し、表面上とても豊かになりました。しかし、平成の時代から30数年、日本は何か大切なものを失ってしまったように感じます。今日の記事が、それらを思い出すきっかけになってくれたら幸いです。